2013年10月20日日曜日

ひらかれたむら

このあいだ、F1種を使わず固定種のみで野菜を育てようとしている人にあって、いろいろ話をしてきた。
小さな娘をもつ彼は震災後宮崎に越してきた。
貨幣も情報も今の日本の教育も信じられるものは無いと言い、都会から離れた場所に移り、独立国家のようなもの、皆が自給しあう村をつくりたいと言っていた。
そういったことを志向する人びとは結構いるような気がするけれど(特に震災後はわたしが変わった部分もあるかもしれないけれどあちこちで目にする気がする)、まったく話の通じない人たちというのもいて。同じ高校にいた子たちといま、わたしはどれくらい話ができるのだろうと思うと少し怖い気がする。

ただ、さっき会社が出している雑誌を読んでいて、ふと、「自然とともにある“開かれた村”」という言葉に出くわして、わたしがすすみたい方向について言葉にできずにいたものが表されていたような気がしてありがたい気持ちになった。
身近なところにあるのは偶然ではなく、言葉にできなくても自分が近づいていきたいと思っているからで、だから、そんなに怖がることはないのだと思った。

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